 |
|
 |

柿本人麻呂
旗川・秋山川の扇状部にあり、湧水をもとに神苑が成立する文学的景勝地。万葉の歌人「柿本人麻呂」を祀り、小堀鞆音作の「柿本人麻呂神影」がある。
「柿本人麻呂神影」県指定文化財
「神楽面」市指定文化財
「人丸神社湧水地」「人丸神社神苑」
市指定天然記念物市指定名勝
|
 |
真田父子犬伏の別れ
関が原の合戦前の慶長5年(1600)7月20日、真田昌幸と幸村の部隊は、犬伏宿に入り宿営したとされる大庵寺。(他説有)昌幸・幸村は西軍石田三成、兄の信幸は東軍徳川家康につくことになった。 |
 |
車塚伝説・伝教大師最澄
最澄は、自身で彫った薬師寺如来像を広智上人に託して、関東に送らせたが、この地に至り牛車の車軸が折れ、動かなくなった。これは仏の致すところと領主に訴え、七堂伽藍を建立し薬師如来像を安置したと言われる。車を埋めたところを車塚という。
「中門」市指定文化財
「和算の額」市指定文化財
「広葉杉・かや」市指定天然記念物 |
|

菅原道真・中根東里
菅原道真を祀り佐野の天神さまと親しまれている。陽明学者・中根東里撰文の「下毛野天明郷菅神廟碑」(天明7年・1787)がある。例弊使が参拝した神社でもある。
「下毛野天明郷菅神廟碑」
市指定文化財
|
 |
彦根藩主井伊家
寛永10年(1633)より彦根藩領となり彦根藩主井伊直孝から15代235年間支配を受けた。墓地の高台に直孝、直澄、直弼の墓碑がある。大老井伊直弼の墓碑は、笠に唐破風を乗せた小松石で出来ている。いずれも遺髪を納めたと言われている。
「井伊家墓碑」市指定文化財 |
 |
 
須永元
本堂の扁額「開本山」は甲申事件で日本に亡命した金玉均の書によるもの。朝鮮の閔妃暗殺事件に関与したとされる黄銕、禹範善の墓がある。また、須永元の依頼により朝鮮公使三浦梧桜が筆をとった水盤には「遠塵離垢」(おんじんりく)とある。 |
 |
|
 |
|
|
日本武尊 上野・富士見村の赤城神社の分霊。祭神は彦狭島王命、日本武尊。日本武尊が東征の際、この地に陣を張ったとの伝承がある。また、平将門を討った藤原秀郷が御凱陣の武具を収納したとの言い伝えの四つ塚がある。 「銅造鳥居」市指定文化財 |
|